Atelier/Poétique

フランス現代詩研究会

フランス現代詩研究会

「反復と秩序:トリスタン・ツァラの詩における畳韻法と頭語反復について」

フランス現代詩研究会 2018 年 12 月例会

  • 日時:2018 年 12 月 30 日(日本時間 21:30-24:30 時/フランス時間 14:30-17:30 時)
  • 場所:東京/パリ(オンライン)

【研究発表】「反復と秩序:トリスタン・ツァラの詩における畳韻法と頭語反復について」

  • 発表者:伊藤琢麻(日本学術振興会特別研究員 DC)
  • 要旨

« Ka tangi te kivi / kivi / Ka tangi te moho / moho / Ka tangi te tike / ka tangi te tike / tike » (« Toto-vaca », in Poèmes nègres)

« arp et l’arbre à barbe […] / arp et la barque à l’arc […] / arp l’arc et la barque à barbe d’arbre » (« Maison Aragon », in Cinéma calendrier du cœur abstrait Maisons)

« une lente fournaise d’invincible constance – l’homme – / une lente fournaise surgit du fondement de ta lente gravité / une lente fournaise surgit du val des principes glaciaires / une lente fournaise d’indicible alliages » (L’Homme approximatif)

« la fureur la fureur du furet des bois fictifs » (Grains et Issues)

黒人詩 « poème nègre » や 同時進行詩 « poème simultané »、さらには騒音詩 « poème bruitiste » のように、ダダの時代、詩を探究するためにトリスタン・ツァラが音やリズムに着目していたという事実は疑いようのないことである。それではダダの時代以後、たとえばシュルレアリスムに接近した時代に、その探究の姿はもはや見られないのだろうか。おそらくそうではない。たしかに前述した、いわゆる前衛詩のような奇天烈を発見するのは難しいだろうが、ツァラの詩を読んでいると畳韻法 « allitération » や頭語反復 « anaphore » の使用が少なくないことに私たちは気がつくからである。決められた音や語を反復するこれらの韻律技法は、特定の印象や説得力だけでなく、詩にリズムを与える。二千詩句を超える長大な構成(『近似的人間』 L’Homme approximatif)や散文フォルムと詩的フォルムの混交構成(『種子と表皮』 Grains et Issues)といったツァラのテクストにリズムが与えられたとき、そこにあったカオスに対して一種の「秩序」が生まれるのではないか、というのが私たちの仮説である。この仮説が実証されるならば、意味や統語法の破壊による「無秩序」という観点から読まれ続けてきたツァラの詩を再読するための新しいパースペクティヴが提供されるだろう。

  • 報告

トリスタン・ツァラの作風は、ダダ期とダダ後で大きく異なっているとされている。前者ではフランス語にはない理解不能な単語が数多く見受けられるが、後者ではそういった極端に前衛的な記号表現は見られない。伊藤氏の発表は、ツァラの詩を「音の反復」というテーマから捉え直すことで、こうした表面的な作風の変化の背後にある詩人の一貫した問題意識を明確化するものであった。さらに氏は、このような反復の主題が、詩人の制作過程にまで関わる根源的な問題であることを、ツァラのタイプ草稿の仔細な検討を通じて明らかにしようとした。より具体的には、ツァラの詩における反復とは、音素の調和や音楽的な効果を意図したものというより、むしろ彼が時間をかけて詩を修正する際の再読=再聴取(relecture-réécoute)という往復行為と不可分であるということを指摘した。

時間の関係上、伊藤氏は「ダダ後」の時期を、ダダからシュルレアリスムへの移行期(1924-1935)という一時期に限定した上で、両時期に見られる反復的要素の比較検討を行った。まず、ダダ期におけるツァラの詩は黒人詩から多分に影響を受けており、« ty a o ty a o ty a o » や « zdranga zdranga zdranga zdranga » といった、叫びやオノマトペともとれる語の反復が多い。こうした要素は、有名な『七つのダダ宣言』においても確認することができる(« Boumboum, boumboum, boumboum »)。やがてダダ後の時期に入ると、こうした理解困難な語の反復に代わり、子音が連鎖する畳韻法(アリテラシオン)や詩句の行頭で押韻する頭韻法(アナフォール)が広く用いられるようになる。一見これらは古典的韻律法への回帰という印象を与えもするが、音の反復という観点から見た場合、ツァラの関心は一貫していると言える。ところで、こうした反復は、音楽的調和の探求や、あるいは『溶ける魚』に代表されるようなオートマティスムの恣意的な音素の反復とも区別されている。なぜなら、ツァラにおける音の反復とはむしろ、理由なく(理性なく)、詩の中で鳴り響きながら現実的身体と共鳴する一つの反響(エコー)として表れているからである。このことを氏は、『近似的人間』の分析を通して示した。さらに氏は、こうした共鳴作用が、テクストが読み手に与える効果としてだけではなく、詩の制作過程の中においても見られると指摘する。実際、ツァラは、最初に詩的な印象を手帖や紙片群に書き留め、その後、発表されるまでの間、幾重にも修正を加えていた。この過程の中で、無数の再読=再聴取という往復行為が発生し、それが最終稿における音の反復へと結実していくことになる。そうした生成過程の諸相を、氏は草稿の読解を通じて示した。

このような多重の操作を繰り返したツァラのエクリチュールは、反復によってテクストのなかの無数の現実的身体を介して得た「雑音」の反響を、さらに増幅を施す行為であると考えることができるであろう。発表のなかで伊藤氏は、ダダ開始直後のテクスト「雑音詩(Le poème bruitiste)」を引用しながら、「客観的な現実」をいかに詩のなかに呼びこむかというツァラのモチーフについても言及した。草稿は、そのような「雑音」を書き留めたものであるとも捉えられる。私たちは、ダダというパフォーマンスを経由したツァラの行為に注目し、「雑音」を増幅させてゆく行為の痕跡であるツァラの草稿を仔細に読むことで、ツァラの幾層にも増幅された行為の記録(レコード)、すなわち行為の残響を思考することができる。

(報告者 山腰亮介)

【ワークショップ(読書会)】

  • 対象詩

    • Benjamin Fondane, « Exercise de français » (Poèmes retrouvés (1925-1944) : Edition sans fin, Saint-Maur, Parole et Silence, 2013)

参考資料


Citation :
伊藤琢麻「「反復と秩序:トリスタン・ツァラの詩における畳韻法と頭語反復について」」、『フランス現代詩研究会』、フランス現代詩研究会、第6号、2018-12-30、URL:https://poetique.github.io/2018-12-30-tzara/